大聖寺城について


石川県加賀市大聖寺の錦城山(標高約65m)に、江戸時代初期まで存在した平山城。

軍記物語『太平記』に初見があり、その頃の城は、錦城山の西につながる通称荻生山(標高約74m)にあった津葉城であるといわれている。

1615年、一国一城令により廃城となる。

その後藩政時代、錦城山はお止め山となり入山が厳しく禁止されていた。

そのため遺構の保存状態は大変良く、本丸や鐘が丸・二の丸・三の丸など多くの曲輪や、土塁、空堀などが残っている。

当保存会では十数年まえから、遺構に繁茂している竹木等の手入れを行い城跡の整備を継続している。

お知らせ

7/22 8月3日(金)、錦城山歴代武将の供養祭を開催します。

 

今から400年余り前の1600(慶長5)年8月3日、錦城山に立て籠もる大聖寺城主山口玄蕃を金沢城城主前田利長が攻めました。勝敗は一日で決し、山口玄蕃は自刃しました。錦城山城址保存会では、毎年この日8月3日、歴代の大聖寺城主の供養祭を行っております。今年も、例年通り8月3日(金)午前10時から、錦城山の芝生公園で供養祭を開催いたします。どなた様でもご自由に参列ください。当日も酷暑が予想されますので、ご参列される方は、礼服やスーツは避け、出来る限り涼しい服装でお越し下さい。

 

7/16 7月15日(日)、『大聖寺城跡の現地説明会』を開催しました!

 

当日は、前文化財保護課課長の田嶋正和さんに、大聖寺城跡を解説していただきながら、錦城山を2時間30分かけて見て廻りました。説明では、大聖寺城の遺構には、一向一揆・戦国時代・織豊期の3つが存在していることや、大聖寺城に石垣が少ない理由、城内と城外との境、当時の建物の様子などがあり、参加された皆さんは熱心に聞き入り、質問などもありました。説明を聞いて初めて知ることも多くあり、次回の開催が待たれます。

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